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「さみ・くり」ぶぅ~ろぐ

samikuri.exblog.jp

基本的に何でもアリなんですが、日々気になった事や撮影した画像を掲載します。

写真業界の衰退:2

 先だって日本光学株式会社(Nikon)がフイルムカメラの生産を一部を残し生産中止にしたと言う記事を書いたばかりなのに、今度はコニカ・ミノルタがフイルムカメラはおろか、デジタルカメラ、フイルム・印画紙などの乳剤関係の市場からも総て撤退とあって、写真業界に身をおく者として非常に悲しい現実が迫って来ている様に感じる。

フイルムメーカーとして、国内企業はフジフイルム1社だけという事になる訳だから・・・

このことで、写真業界の著しい国内の業界再編、市場縮小の一途をたどるのではないでしょうか・・・。  なんともおそろしい。

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ミノルタは、当時オートフォーカスを実用的にしたαシリーズのカメラを業界に先んじて発売し、一躍躍り出たが、オートフォーカスセンサーの特許権の問題が起こり多大な使用料を開発会社に支払わなければならない事態となり、その後ソレが足枷になりAFの開発競争において他社に追い越されてしまう憂き目を見ている・・・。
なんとも毎度詰めが甘い企業でしたが、そのツケがとうとう来てしまったと言う感がありますね。
 ミノルタカメラ(現コニカミノルタ)のαシリーズの技術もSonyに譲渡してしまい、夏にはSONY版αシリーズの発売をするそうだが、今後の売れ行き次第では完全消滅も覚悟しなければいけない世の中ですし、ソニー流の製品開発という感覚からすれば従来のものにこだわる姿勢など微塵も無い会社故に、オイシイ処だけしゃぶってポイッ! なんてコトが容易に想像できてしまいます・・・。

ミノルタが供給するレンズについては自社で生産供給するらしいですが、昔から描写のやわらかいロッコールレンズが消えるのも、ニコンがレンズ開発の一部縮小という事例から鑑みても時間の問かと・・・・


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また、京セラは「CONTAX] と言うブランドのフイルムカメラ及びデジタルカメラの出荷をこの昨年9月に終了(生産は2005年6月に終了)するとあって、ドイツの超有名レンズZeiss(ツアイス)のT*(Tスター)コーティングレンズを搭載するカメラで、今なお愛好家は少なくない。 今後は他社へのOEMだけでしか見れないのかと思うと(ドコソコのVDカメラにT*レンズ搭載! なんてね。) 高価なレンズだけにもったいない!


カメラ事業から撤退 コニカミノルタ/Excite エキサイト : 経済ニュース

コニカミノルタホールディングスは19日、デジタル、フィルムカメラ事業や印画紙などカメラ関連事業から撤退し、グループ従業員の1割強に当たる3700人を削減する、と発表した。
デジタル一眼レフカメラ事業は、協力関係にあるソニーに譲渡する。 (カメラ事業は3月末で終了、デジタル一眼レフカメラの一部資産はソニーが取得し、同社は「αマウント」に準拠したデジタル一眼レフカメラ(DSLR)を今夏に発売する計画だ。)


 写真の世界ではデジタル化が進んでおり、これまで培ってきた光学技術などでは、他社と互角に競争していくことが難しいと判断した。
 小西六写真工業、ミノルタカメラを前身とする名門カメラメーカーであるコニカミノルタが、カメラ事業からの撤退に追い込まれたことは、フィルムカメラからデジタルカメラに急速に切り替えが進むカメラ市場を象徴する出来事といえる。

 カメラ業界では昨年、京セラがカメラ事業から全面撤退している(関連記事参照)
デジタル化の進展は優勝劣敗の原則を加速させ、ついに名門カメラメーカーをも撤退に追い込んだ。








コニカミノルタ、カメラから撤退 ソニーが「α」を継承
デジタル化が加速させた優勝劣敗の原則は名門を撤退に追い込んだ。コニカミノルタは、不振のカメラ・フォト事業から完全撤退。「αマウント」はソニーが継承し、同マウント準拠のデジタル一眼レフカメラを発売する計画だ。

 コニカミノルタホールディングスは1月19日、カメラ事業、フォト事業から撤退すると発表した。カメラ事業は3月末で終了、デジタル一眼レフカメラの一部資産はソニーが取得し、同社は「αマウント」に準拠したデジタル一眼レフカメラ(DSLR)を今夏に発売する計画だ。

 コニカミノルタは「デジタルカメラではCCDなどのイメージセンサー技術が中心となり、光学技術やメカトロ技術などの強みだけでは競争力のある強い商品をタイムリーに提供することが困難な状況」と撤退理由を説明している。銀塩フィルムなどのフォト事業も、デジタル化の進展で市場が縮小し、収益性が悪化。昨年11月にはフォトイメージング事業の縮小とリストラ策を発表していた(関連記事参照)。

 カメラ業界では昨年、京セラがカメラ事業から全面撤退している(関連記事参照)。デジタル化の進展は優勝劣敗の原則を加速させ、ついに名門カメラメーカーをも撤退に追い込んだ。


ソニーがαマウント機を発売
 αマウントと互換性を持つDSLRに関連する開発、設計、製造などに必要な一部資産はソニーに譲渡する。銀塩カメラやデジタルカメラなどのカメラ事業は、ソニー製DSLR・交換レンズの製造を除き、3月31日付けで終了する。4月1日以降、銀塩ボディを含むコニカミノルタ製カメラ・レンズなどのアフターサービスはソニーが行う。

 両社は昨年7月、αマウントのDSLRの共同開発を発表。ソニーのセンサーとコニカミノルタのレンズ資産など、それぞれの強みをいかした製品を発売すると予告していた。コニカミノルタは「αレンズを継続して活用してもらうため、また一眼レフで培ってきた光学技術・メカトロ技術を今後ともいかし続けるためにも、イメージセンサーに強みを持ち、昨年提携したソニーに資産を譲渡することが最適との結論に達した」としている。

 フォト事業も規模を縮小しての継続を検討してきたが、市場の先細りは避けられず、「継続的な黒字事業としていくことは厳しいと判断」し、終了を決めた。

 カラーフィルム、カラー印画紙は段階的に品種を絞り込み、2006年度下期末までに生産を終了する。ミニラボは本年度末までに生産終了とするが、メンテナンスとアフターサービスはノーリツ鋼機などに委託する。販売体制も統廃合を勧め、2007年度上期末までにすべて終了する。

 カメラ、フォト事業の撤退に伴い、全世界のグループ従業員3万3000人の1割強に当たる3700人の人員削減を行う予定。構造改革費用は2006年3月期業績予想に織り込み済みだとしている。

 コニカミノルタホールディングスは同時に、太田義勝副社長が4月1日付で社長に昇格する人事を発表した。岩居文雄社長は取締役会議長に就く。植松富司取締役会議長は辞任する。経営者の交代で、カメラ・フォト事業撤退などのけじめをつける。

 旧ミノルタは1928年創業の「日独写真機商店」が翌年、第1号機「ニフカレッテ」を発売してカメラ事業をスタート。1937年に「千代田光学精工」に社名変更し、国産初の二眼レフ「ミノルタフレックス」を発売。「ミノルタカメラ」に社名変更した1962年には、米国の有人宇宙船「フレンドシップ7号」に同社製「ハイマチック」が搭載され、独Leitz(現Leica)との相互技術協力でレンジファインダー「ライツミノルタCL」も送り出した堺の名門メーカーだった。MF期のレンズブランドは「ロッコール」。1985年、世界で初めての本格的な35ミリシステムAF一眼レフ「α-7000」を発売し、AF時代の幕を開けた。

 旧コニカは、前身の「小西本店」が1902年に「チェリー手提用暗函」、翌年には国産初の印画紙を発売。1940年には国産初のカラーフィルムを発売し、その後「サクラカラー」で親しまれた。レンズブランドは「ヘキサー」「ヘキサノン」。世界初のAFカメラ「Konica C35AF」は「ジャスピンコニカ」の愛称でヒット商品となった。工事現場専用の「現場監督」は一般の愛好家も多く、「コニカBiG mini」はコンパクトの名機と言われた。



京セラ「CONTAX」、銀塩・デジタルとも出荷終了へ
京セラは、「CONTAX」ブランドのデジタル・銀塩カメラの出荷を9月に終了する。22年にわたって展開してきた京セラのCONTAXブランドが幕を閉じる。

 京セラは4月12日、「CONTAX」ブランドのデジタル・銀塩カメラの出荷を9月に終了すると発表した。本体、専用レンズ、アクセサリーとも9月末までに出荷を終える(ただし「CONTAX645」と周辺機器のみ12月まで出荷)。サポートは、規定に応じて最長10年まで継続する。

 撤退を決めたのは「急激な市場の変化に対応できなかったため」(同社)。同社は3月、デジカメ事業からの全面撤退を明らかにしていた(関連記事参照)。今回の撤退で、中国や南米など一部地域を除き、カメラ事業から全面撤退することになる。

 CONTAXは1932年、独Carl Zeiss財団のカメラ子会社Zeiss Ikonから誕生したブランド。ロバート・キャパが欧州戦線で愛用した「Contax II」など、“女性的”とされたLeicaと並ぶ“男性的”なレンジファインダーの名機で知られ、日本光学(現ニコン)のレンジファインダー機「Sシリーズ」はContax互換マウントを採用していた。

 第二次大戦後は冷戦のあおりでZeiss Ikonが東西に分裂。西側は1961年にいったん中止していた。1974年、旧ヤシカがCarl Zeissと提携し、ポルシェデザインで知られる一眼レフ「CONTAX RTS」とT*コーティングの交換レンズで復活。1983年にヤシカを吸収合併した京セラが同ブランドを継承した。ボディ内で焦点面を移動させるユニークなAF方式を採用した「CONTAX AX」、レンジファインダーのAFカメラ「CONTAX Gシリーズ」などを生んだ。


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京セラ、デジカメ事業から撤退:国内主要メーカー初のデジカメ市場撤退。低価格化で採算が悪化したためという。今後は携帯向けカメラモジュールに注力する。


by samiell | 2006-01-19 17:24 | Photo’s